浸水被害にあった方はたぶん今頃、途方に暮れている状態だと思います。
昨年、真備町の旦那実家が全水没した時の我が家もそうでした。
私もこれから一体どうすればいいのか全くわからない状態で、過去に豪雨被害を経験された方の記事がとても参考になったので、うちが水没から生活再建までたどった経験を書いておこうと思います。
まず参考になった情報
浸水被害にあったら 修復までにすべきこと(Yahoo!ニュース)
「水害にあったときに」~浸水被害からの生活再建の手引き~(震災がつなぐ全国ネットワーク(震つな))
過去の水害被災地での支援経験をもとに作成されています。

2018年7月7日 豪雨災害 家は完全に水没。
最初、水が引くまで2週間はかかると言われていましたが、
10日には水が排出されました。
11日から家の片付け開始。

水が引いたら、まず最初にやること→罹災証明に必要な写真を撮る
片づける前に、何も手を付けてない状態で、家の4方向から写真を撮影。
人間も一緒に映ると高さの参考に。
泥がどこまでついているかを撮ると、水深が証明できます。
・浸水の位置が重要
全壊→床上1,8m以上
大規模半壊→1~1,8mm
半壊→1m以下

家の中も撮影。
・水回りを撮影 衛生設備などは一度浸水すると使用できないので。
・床、壁が膨れていたら撮影→全壊同様
・柱の傾き→角度が3度以上で全壊判定
できれば垂直に糸をたらすなど分かりやすく。

個人で加入している保険会社に連絡。
写真は後で公的な支援金をもらう時にも必要になります。

公的な支援制度など手続き関係まとめ
被災者支援に関する各種制度(内閣府pdf)
http://www.bousai.go.jp/kyoiku/pdf/kakusyuseido_tsuujou.pdf
10P~13P 当面の生活資金や生活再建の資金
16P~18P 税金や保険料の軽減・支払猶予など
28P 住宅の応急修理(災害救助法)
30P 罹災証明書

車は少し浸水した程度でもエンジンはかけてはいけない→感電の危険

片付けはとても少人数では無理なので、ボランティアの方に来てもらいました。
市にボランティアセンターが開設されたら、ボランティア依頼の電話をかけます。
市のHPやTwitterでボランティア派遣開始の告知があるので、確認を。

復旧作業など現地に入る場合の注意点
・ガラス片や釘などが落ちているので厚底の安全靴をはき、注意して歩く。
・頭はヘルメット着用。
・有害物質、農薬、ガソリン、細菌などが乾いた泥や土ぼこりと混じっているので、防塵マスクと防塵ゴーグル着用。なければ水泳用ゴーグルでもOK。災害後肺炎になる可能性あり。
・けが防止に厚手のゴム手袋を2枚重ねで着用。
土や砂は汚水で汚染されてると思って下さい。
ささくれ程度の小さな傷でも注意。
・傷からの破傷風菌に注意
・レプトスピラ菌が混入した土や水に皮膚が接触して感染する危険。

倉敷市の場合はマスク・軍手・ゴム手袋・革手袋・ヘルメット・スコップ・ブルーシートは配布場所で無料でもらえました。

特に重労働だったのは水を含んだ畳があまりにも重いこと。
家の中の物を全部捨てて、貴金属類や写真など必要なものを拾う。
写真は捨てないと無理だと思っても、とりあえず乾燥させて、いちおう置いてて下さい。
後々、写真を複製してくれるボランティアの方が震災の時も豪雨災害の時もいらっしゃいました。
また、こちらの記事も参考に。
・被害を受けた写真・アルバムに関する対処法(富士フィルム)
http://fujifilm.jp/support/fukkoshien/faq/index.html

・写真の洗浄マニュアル
http://www.munemas.com/pdf/photo-cleaning-manual.pdf

それから泥のかき出し。
泥をスコップですくって土嚢にひたすら詰めていきます。

全部終わったら床をはがして、家全体に消毒薬をまきます。
(そのままだとカビや有害物質を撒き散らすため)
片付けがすべて終わったのは7月22日でした。

断水が続いているため、自衛隊が小学校にお風呂と仮設トイレを開設してくれました。
給水所もあちこちに開設(市のHPやTwitterで告知)

7月12日に被災者対象に公営住宅の貸し出し開始。
災害救助法の適用が決まった自治体で、豪雨により自宅に住めない状態となった被災者に無料で、本人確認できるものと罹災証明が必要。
罹災証明がない場合も後からの提出で対応。
また、県内の民間の賃貸住宅なども、みなし仮設住宅として2年間無料で。

うちも市内の賃貸マンションのみなし仮設住宅に、8月9日に入居できました。

家の解体は公費で無料でしてもらえました。(激甚災害のため)
解体申請の開始も市のHPやTwitterで告知があります。

順番待ちで解体できたのは2019年5月頃だったと思います。

義母が元の場所に戻りたいということで、
2019年8月に更地にトレーラーハウスを設置して居住。

なぜトレーラーハウスにしたかというと、家を建てるより安価で(ハウス本体が300万円~+輸送費)、義母が亡くなった後に、被災地の家は売れませんが、トレーラーハウスなら不要になった時に買い取ってもらえるということで、決めました。
私は頑丈な賃貸マンションのほうが安心だと思いますが、どうしても戻りたい人にはこういう方法もありますということを書いておきます。
実際、私も義姉から聞くまでは、トレーラーハウスなんて思いもつかなかったので。
1LDK+ロフトで、一軒家と遜色ないくらいの室内で、2人で住むには充分だし、外観も室内も素敵なので想像以上でした。


以上が、うちの家族がたどった道のりです。
まだ援助の手も届いていない方が多くて、
今はとてもおつらいと思いますが、
どうか皆さんに希望の見える日が来ますように、
私達、日本中の人が出来る限り力になりますので、頑張って下さい。


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